『遊*ASOBU』が生まれるまで。
世田谷パブリックシアターでは、フランスを代表する振付家ジョセフ・ナジ氏を招聘し、彼の代表作である『ヴォイツェック』を2000年に、翌01年に『ハバククの弁明』を上演して参りました。いずれの作品も日本の観客に大きな衝撃と感銘を与え、たくさんの反響を呼びました。
これら2作品を通じて、ただ単に作品を招聘するという一方的な関係から、ナジ氏と共に新しい作品を制作できたら、きっとこれまでにない作品に出会える、という思いからこのプロジェクトが始まりました。世田谷パブリックシアターでの数回のワークショップを経て、当初は日本人ダンサーにジョセフ・ナジが振り付けるといスタイルを目指していましたが、ナジ氏が2006年のアヴィニヨン・フェスティバルのアソシエイト・アーティスト*に任命されたこともあり、このプロジェクトは日本とフランスを拠点にそれぞれ活躍するダンサーたちが参加する国際的な作品として、フェスティバルのメインプログラム作品へと発展していくことになったのです。
*アソシエイト・アーティスト ・・・ 2004年、アヴィニョン・フェスティバルのディレクターに就任した、ヴァンサン・ボードリエとオルタンス・アルシャンボーによって設けられた新たな制度。独自の芸術世界を築いている振付家、演出家が一年ごとに任命され、自らの作品を上演する一方、その方向性に添ったプログラムを提案し、フェスティバルでの芸術的な方向性を示す。トーマス・オスターマイヤー('04)、ヤン・ファーブル('05)、ジョセフ・ナジ('06)、フレデリック・フィスバック('07)らがアソシエイト・アーティストとして招かれている。
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作品の構想によせて -ジョセフ・ナジ
◆色々なタイプのダンサーが集まるグループ
既に自分のカンパニーでは、ダンサーだけでなく、俳優をはじめ様々な経験をもった人たちを集めて作品創作をしているので、いろいろなタイプのダンサーが集まるというやり方には割合慣れていますが、一つの作品を創るための新しいグループをフランス以外の地で作るという意味においては、このプロジェクトは、自分にとっても初めての経験です。
今回参加する日本のダンサーに関して言うと、西欧のダンサーとは、特に身体性、それは姿形だけではなく、動きの中身が違うと感じています。非常に柔らかく、流動的で、時に動物的で、ある種の味わいがある。テクニックは勿論のこと、それにプラスアルファの何かが加わっているような気がします。
今回はこれまでに私が知っている以外の独自の経験をもったダンサーたちを集め、作品としてどのように統一していくか、作品のアイデンティティをどこに見出していくか、そういうことも自分の中での課題となっています。
◆テーマとしてのアンリ・ミショー
この作品を創るにあたっての精神的ガイドとして、アンリ・ミショーを選びました。それは、ミショーの作品に対する考え方や、その作品を創る過程が、私自身ととても近いように感じたからです。特に彼の旅への嗜好、他者への嗜好は、いずれも自分をより明確に知るための作業だと思っています。
彼の作品の中に、インド~インドネシア~中国を渡って日本に辿り着く旅を書いたものがあります。そこで彼は、自分が方位磁石から離れて、方向を失ってしまったと書いているのですが、それは文化に対して、社会に対して、どのように関わればいいのか解らない状況でもあります。そしてある時、彼は「能」を観て、日本の文化を解く鍵を見つけたと言っています。私も今回初めて「能」を観る機会を得ましたが、かつてブタペストの大学で多くの世阿弥の本を読み、その神秘的な精神性に強烈な印象と共感を受けたことが、今の私の活動の出発点でもあります。
また、ミショーは自分の世界を表現するために、言葉だけでは足りずに、デッサンによって彼の世界全体を表現していきましたが、私自身も、最初からダンスを目指していたわけではなく、美術から始めて、自分の世界をより総合的に表現するために舞台を選びました。
ミショーはその著作の中で、「人間は原初に戻らなければならない」と語っています。つまり、壁画や、原始の人たちが洞窟に遺していったものには、人間が初めて感じたもの、何に興味をもち、どういうことを考えていたのかが記されているということであり、私達もその状態に戻り、そこから自分の世界を目の前に広げてみたいと思っています。
◆『遊*ASOBU』というタイトルについて
この作品を取り巻く要素を考えていく中で、日本語のタイトルがふさわしいと感じたこと、最後に行き着くところとして私自身が日本を思い描いていたこと、そしてミショーに基づく作品の創作過程そのものが「遊び=jeu」であり、そこからまた新しい「遊び」を探求したいという思いが、このタイトルを生み出すきっかけであると言えましょう。
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【プロフィール】
ジョセフ・ナジ
旧ユーゴスラヴィアのカニッツァ生まれ。美術学校を卒業後、ブタペスト大学で美術史と音楽を学ぶ。在学中、武術の訓練や、演技の勉強をする機会を得る。演劇の師の強い勧めから、1980年、パリに移る。マルセル・マルソーらのもとでマイムや演技を学ぶうちダンスと出会い、マーク・トンプキンスやフランソワ・ヴェレらの作品に参加。
86年、自らのカンパニーを設立し、翌年『カナール・ペキノワ』を創作。95年、フランス国立オルレアン振付センター設立に伴い、芸術監督に就任。詩的なユーモアにあふれる、東洋的な香り漂う不思議な世界観に包まれた作品は、世界中で高く評価されている。また、作品イメージをまとめたデッサンや写真、立体作品を発表するなど、美術家としても活躍している。06年アヴィニョン・フェスティバル・アソシエイト・アーティスト。
アンリ・ミショー (1899-1984)
詩人・画家。ベルギー南東のナミュール生まれ。ブリュッセルで幼年期を過ごし、1920年に志していた医学を捨て、商業船の船員としてベルギーを出帆、南米を旅する。22年、ロートレアモンの『マルドロールの歌』に影響を受け文筆活動を開始。24年にパリへ移住。翌年、クレー、エルンスト、キリコの作品と出会い絵画活動に目覚める。27年、詩集『私は誰だったのか』を出版。その後、エクアドル、アルゼンチン、インド、インドネシア、中国、日本など世界の国々を旅し、異なる習慣、言語、風土との出会いによる旅行記的な作品『アジアの一野蛮人』('33)を生む。
アンフォルメル(40~50年代にフランスを中心に起こった芸術のムーブメント)の中心的存在として知られ、理性では捉えることのできない意識下の世界を、言葉・文字・デッサン・身体を用いて表現した。代表的な著作に『パッサージュ』('50)、『みじめな奇跡』('56)、『砕け散るものの中の平和』('59)など。84年に85歳で亡くなるまで、旅を愛し、詩人・画家として、第一線で活躍し続けた。
『遊*ASOBU』 構成・演出・振付 ジョセフ・ナジ
<日本ツアースケジュール>
2007年1月~2月 世田谷パブリックシアター
2月8日(木) まつもと市民芸術館(長野)/2月12日(月・祝) びわ湖ホール(滋賀)
=出演=
ギョーム・ベルトラン
イストヴァン・ビッケイ
ダミアン・フルニエ
ピーター・ゲムザ
マチルド・ラポストル
セシル・ロワイエ
ナセール・マルタン=グセ
ジョセフ・ナジ
ギョルク・サコニ
キャスリーン・レイノルズ
黒田育世 (BATIK)
斉藤美音子 (イデビアン・クルー)
田村一行 (大駱駝艦)
捩子ぴじん (大駱駝艦)
塩谷智司 (大駱駝艦)
奥山裕典 (大駱駝艦)