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<区民レポーター>これからも注目して刺激を受けていきたい

『日本語を読む~リーディング形式による上演~』
G 『棒になった男』
鑑賞日:5月24日(水) 19:00
女性

 今回、シアタートラムで上演された「日本語を読む」というリーディング形式での「棒になった男」を観劇した。上演前に本を読んでいて、変わった筋で面白いなと思っていたので、それがリーディングという形式でどう表わされていくのかと非常に興味があった。

 始まってみると、舞台にあるのは椅子と抑えられてポイント使いされる照明程度で、シンプルな黒い服をまとったキャスト達の声による表現がとても引き立っていた。

 考えてみれば、声というのは人が音や言葉の連なりを発することで人の意識として体から出て空気を伝わり、それが受けとる相手によりイメージが違い、そのやりとりを見た人々もまた、それぞれのイメージを受けとる、それぞれの人々がもつ人生・文化・イメージの交錯なのだなということを考えて面白いなと思った。

 戯曲から、大道具・小道具・衣装・振りなどを使ってつくりこんでいくことは際限なくできると思うのだが、リーディングの形式となると極力抑えた演出と、舞台をつくる人々の共通認識が必要になるのではと感じた。それは、決して大げさに動きまわったりするではなく、むしろ言うなれば淡々と進行していった舞台で、役の個性も俳優の座る位置と声・わずかな表情で表わされるわけであるから、1人1人がその役になりきるというよりは声と声の間であったり、全体の流れを大切にしていたように思う。

 「日本語を読む」は、9作を9人の若手演出家によって手がけた上演であったそうで、違う戯曲・リーディング形式の演出が演出家によりどんな風に違うのか、他の作品も併せて見ておきたかったと残念に思った。

 シアタートラムでは今回初めて観劇したのだが、都会からのアクセスも良く、今回の作品以外にも地域に根ざした市民参加型のワークショップ形式のものから、大きな舞台作品までさまざまな企画があるようで、これからも注目して刺激を受けていきたいと思った。

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2008年05月24日 23:59に投稿されたエントリーのページです。

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