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<区民レポーター>演者との近さが楽しめたシアタートラム

大橋可也&ダンサーズ新作公演『春の祭典』 

鑑賞日:5月14日(金)19:30~ 
女性 

 シアタートラムでの鑑賞は初めてでした。トラムでは、大きな舞台では味わえない演者との近さが楽しめました。

 作品自体は、言葉のない90分。コンテンポラリーダンスは、初めてではなかったのですが、今回の作品は最後までどういう意味で受け取ったらいいのかわかりませんでした。観劇後1週間たっても、やはり、わからない。おぼろげに感じたのは、都会の殺伐さでした。

 抑圧の効いた細かな動作で、劇中に出てくる小道具が次の人の動作につながったり、ダンサー同士の動きが連動したりしているのも見ながらわかりました。ところが、動きの連鎖の中で、突然、暴力性が襲ってくるのです。被害者が、次の瞬間には加害者になって、相手を責める。つながりのさきにある、細かな感情の交流は容赦なくスキップされて、暴力的なまでの激しさに変わる怖さや、怒りを覚えました。

 同じグループに所属しているように見えた人も、後からはいたぶる仲間の中に加わって、対象が次々と入れ替わる中で、それぞれのダンサーの立ち位置は揺さぶられます。結局、殺伐とした中でも、集団は集団として存在して、また消えていく。そんなふうに取れるラストでした。まだ何かあるのか?と思ったところで、丁寧に「終わりです」とひとこと告げられ舞台は終わりました。どこで終わりにしたらいいのか、この結びの言葉をもらわなかったら、それすら決められない状況。混沌は、今後もしばらく続きそうです。

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2010年05月28日 23:34に投稿されたエントリーのページです。

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