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<区民レポーター>もっと触れてみたいと思わせる大橋可也作品

大橋可也&ダンサーズ新作公演『春の祭典』 

鑑賞日:5月15日(土)15:00~ 
女性 

 人間の身体の動きは時折「言葉」や「音」を感じさせる。一瞬の動きに釘付けになり、次に脱力する。エキストラの動きは好き勝手に動いているようで、よくみると同じ動きだったりする。振り付けなのだろうと思った後で同じ動きでも人によってこんなに違うのかと驚く。

 解釈の仕方、感じ方で違ってくるのか?観ている方は違う動きかと錯覚する。エキストラのそれぞれの動きを観るのは楽しかった。観ているうちに個々の特徴がわかって来る。これが「個性」かと思う。メインダンサーの動きはやはり美しかった。気がつくとものすごく集中して観ていた。そしていつしか聞こえないはずの音楽が聞こえ、台詞があったような気になってしまう。エキストラのダンスは観客として観ているより、参加した方が楽しいのだろうなぁと思った。あの中に入って夢中で踊ってみたい。そんな衝動にとりつかれた。魅せるダンスと楽しむダンス。その両方を体験したようだ。
 
 エキストラの踊りは公開ワークショップだと思った。何かが少しずつ開放されて行くようだ。開放の仕方はそれぞれだろうけど、舞台の上で観客に見られながら自分の殻が壊れていくのは気持ちが良いような気がする。ただ、観るのは今のわたしには少しつらかった。(これはかなり主観的です。この試みはすごいとは思います。)
 
 一番何を訴えたいのか?別に主張はないのか?頭だけで考えると次々に疑問が出てくる。だけど、結局感じることが一番大切なんだと最後には思った。大橋さんの作品は今回が初めてだったけど、もっと触れてみたいと思った。

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2010年05月28日 23:49に投稿されたエントリーのページです。

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